時計の針を巻き戻すと、このプロジェクトの発端は八幡製鐵所の遊休地活用策にあった。重厚長大産業の構造転換期、製鉄所の高炉跡地を大胆にエンターテインメント空間へと転換させたのが日本製鉄株式会社(旧・新日本製鐵)である。1990年の開業時、地方都市におけるこれほど大規模なテーマパーク開発は前例がなく、国内外の経済界からも熱い視線が注がれた。
しかし、バブル崩壊後の消費低迷や過剰投資のツケが次第に経営を圧迫する。運営再建を託されたのが、リゾート再生で豊富な実績を持つ加森観光だった。同社は巧みなイベント企画やユニークなプロモーションで数々の話題を振りまき、一時は業績の持ち直しに成功した。だが、土地の借地契約更新を巡る条件や設備の老朽化、巨額の維持改修コストが最終的な障壁となり、北九州市を巻き込んだ議論の末、惜しまれつつ閉園の決断が下された。