「観光客にはあまり教えたくなかったのが本音です」。カウンターの隅で常連客が苦笑交じりに漏らした。長年、地元の限られた食通たちだけが密かに通い詰めていたこの場所。話題の中心にあるのは、徹底した温度と湿度管理のもとで長期間寝かせられた熟成肉ステーキだ。
肉塊の表面を削ぎ落とし、旨味が極限まで凝縮された中心部だけを贅沢に切り出す。炭火の強火で一気に表面を焼き固め、余熱でじっくりと芯まで熱を届ける職人技。ナイフを滑らせると、断面からは澄んだ肉汁が溢れ出す。
さらに取材を進めると、常連の間でしか注文が通らない「裏の限定部位」の存在が明らかになった。一頭からわずか数キロしか取れない希少部位を独自のスパイスでマリネした特製カットは、仕入れがあった日にしか黒板に並ばない。常連たちがその日の黒板を血眼で確認する理由が、一口食べれば即座に理解できる。