日本国内において、法的に複数の配偶者を持つことは不可能です。この根拠は、民法第732条の「配偶者のある者は、重ねて婚姻をすることができない」という明文規定にあります。さらに、これに違反して重ねて婚姻届を提出・受理させた場合には、刑法第184条の重婚罪が適用され、2年以下の懲役という刑事罰の対象となります。
戸籍事務を司る自治体の窓口では厳格な審査体制が敷かれており、配偶者がいる状態での新たな婚姻届は原則として不受理となるため、現代の行政手続き上、法的な重婚が成立する余地は事実上塞がれています。裁判例(最高裁判決昭和32年など)においても、一夫一婦制は日本の公序良俗の根幹をなす家族秩序として位置づけられており、憲法第24条が定める「両性の合意」や「個人の尊厳と両性の本質的平等」の要請に合致する形態として堅持されてきました。
日本で一夫多妻が禁じられている最大の理由は、明治維新以降の近代国家建設と深く結びついています。かつての武家社会では後継者確保を目的とした側室制度が公認されていましたが、明治政府は欧米列強との不平等条約改正を急務としていました。キリスト教的価値観に基づく一夫一婦制を採用していなければ「未開の野蛮国」とみなされ、法権回復の交渉において致命的に不利となる懸念があったためです。
1880年(明治13年)公布の旧刑法で重婚が犯罪と定義され、1898年(明治31年)の旧民法制定によって側室制度は法制度上から完全に排除されました。一夫多妻制廃止の経緯を紐解くと、純粋な道徳論だけでなく、外交上の国益や国際標準への同調という高度な政治判断が働いていた歴史的背景が浮き彫りになります。