松本潤の人生を大きく変えたのは、2歳年上の実姉の存在でした。この松本潤の姉エピソードは、ファンの間でも伝説的なプロローグとして知られています。
当時、姉は大のKinKi Kidsファン(特に堂本剛ファン)でした。小学校6年生の卒業式を終えた1996年春、姉から「ジャニーズに履歴書を送ってみよう」と勧められます。本人は当初そこまで乗り気ではなかったものの、姉の熱意に押される形で応募書類を郵送しました。
ここからが異例の展開です。ジャニーズ事務所(現STARTO ENTERTAINMENT)では通常、書類選考の後に大規模なオーディションが実施されます。しかし松本潤の場合、オーディションの通知ではなく、事務所社長のジャニー喜多川氏から直接自宅の固定電話に電話がかかってきました。
「YOU、今六本木でレッスンやってるから来ちゃいなよ」
いわゆる「エリート入所」と呼ばれる、オーディション免除での即日採用でした。電話を受けた母親から「ジャニーさんから電話よ」と受話器を渡された松本は、その日のうちにレッスン場へと向かいます。これが1996年5月17日、松本潤が芸能界への第一歩を踏み出した瞬間でした。そしてジャニーズJr.内での目覚ましい頭角を経て、1999年11月3日の嵐としての鮮烈なハワイ洋上デビューへと繋がっていきます。