大隈の歩みは、そのまま日本近代政治史の縮図と言っていい。明治新政府が発足した当初、長州藩や薩摩藩の出身者が要職を占めるなか、佐賀藩出身の大隈は語学力と実務能力を武器に頭角を現した。外国公使との過酷な交渉を対等に渡り合い、財政や外交のキーマンとして欠かせない存在になっていく。
総理大臣を二度務めたことでも知られるが、その道のりは決して平坦ではなかった。最初の組閣はわずか数カ月で崩壊し、下野を余儀なくされた時期も長い。だが、大隈は権力の座から滑り落ちても決して沈黙しなかった。演説を通じて世論を味方につけ、大衆の支持を背景に再び政治の表舞台へと返り咲く。大隈重信という政治家の真骨頂は、挫折をバネにして存在感を何倍にも膨らませる不屈のタフネスにあった。