ネット上の掲示板やSNSで頻繁に交わされる「加味逍遥散を飲み始めたら体重が増加した」という証言。この噂の医学的な根拠を検証すると、処方薬そのものに脂肪を蓄積させる薬理作用は一切存在しません。それにもかかわらず加味逍遥散で太る噂の真相が広がる背景には、主に3つの生体反応と認識のズレが隠されています。
第1に、胃腸機能の正常化による食欲の回復です。加味逍遥散には、胃腸の働きを整える白朮(ビャクジュツ)や茯苓(ブクリョウ)、生姜(ショウキョウ)が含まれています。ストレスで自律神経が乱れ、胃痛や食欲不振に陥っていた人が服薬によって緊張を解かれると、消化吸収能力が回復して自然と食事量が増加します。「前と同じ生活をしているつもりでも摂取カロリーが戻った結果」を、薬の副作用と捉えてしまうケースが散見されます。
第2に、体内の水分貯留(むくみ)の発生です。後述する甘草(カンゾウ)の影響による一過性のむくみや、自律神経の切り替わりに伴う体液バランスの変化が体重計の数値を一時的に押し上げることがあります。そして第3に、そもそも更年期世代は女性ホルモン(エストロゲン)の急減に伴い、年間で基礎代謝が数%ずつ自然低下する時期に直面しています。服薬の開始時期と体重が増加しやすい年代の生理変化が偶然重なったことが、都市伝説的な噂を助長しているのです。
一方、もう一つの大きな疑問である加味逍遥散が効かない理由について、漢方診療を専門とする医師らは「根本的な証(しょう:体質や病態)の見立て違い」を指摘します。漢方において加味逍遥散は、エネルギーの巡りが滞る「気滞(きたい)」と、その滞留が熱へと変化して上方へ突き上げる「気逆(きぎゃく)」を解消するための処方です。激しいイライラや頭痛、ホットフラッシュが顕著な「熱」のサインを伴わない極度の冷え性や、単なる疲労困憊の虚弱状態に本剤を単独投与しても、期待される薬効は発揮されません。自分の病態が「巡りの滞り」にあるのか、それとも「気血の絶対的な不足」にあるのかを見誤ることが、不発に終わる最大の分岐点となります。