「ここ掘れワンワン」というフレーズを聞いたとき、多くの大人は1901年(明治34年)に発表された文部省唱歌『花咲爺』(作詞:石原和三郎、作曲:田村虎蔵)を思い浮かべます。しかし、童謡花咲爺の歌詞を丹念に確認すると、教科書の記憶との決定的なズレに気づかされます。
歌の冒頭は「裏の畑でポチがなく 正直爺さん掘ったれば 大判小判がざくざくざくざく」と歌われており、犬の名前は「シロ」ではなく「ポチ」と記されています。さらに歌詞のどこを探しても「ここ掘れワンワン」という一語一句そのままのフレーズは登場しません。犬の鳴き声表現である「ワンワン」と、民話の語り手が口伝で伝えてきた「ここを掘れ」という命令詞がメディアの普及とともに合体し、昭和期のアニメや絵本を通じて国民的常識として定着していった経緯があります。
本来のここ掘れワンワンの意味とは、単に地中の埋蔵金を指し示す合図ではありませんでした。民俗学者の柳田國男や関敬吾の研究資料によると、古代から中世の日本において犬は「異界(あの世)と現世の境界を行き来できる霊獣」と位置づけられていました。犬が地面を執拗に掘る仕草や吠える行動は、地中に宿る地霊(じれい)の怒りや歓喜を感知した霊告(神のお告げ)と解釈されていたのです。つまり、ここ掘れワンワンの由来は単なるペットの知恵ではなく、土地の神が犬に憑依して発した託宣の言葉に他なりません。