日本最高額紙幣の肖像が福沢諭吉から渋沢栄一へと交代した背景には、技術面と理念面という2つの明確な理由が存在します。
最大の技術的契機となったのは、偽造防止対策の刷新です。日本の紙幣はおよそ20年周期で大規模なデザイン改刷を行っており、前回(2004年)の改刷から歳月が経過したことで、デジタルスキャンや印刷機器の進化に対抗する新たな防壁が必要とされていました。新一万円札には、見る角度によって肖像の向きが立体的に回転して見える世界初の「3Dホログラム技術」や、より精緻な微細文字、触覚で識別できる凹版印刷が導入されています。
では、数ある偉人の中でなぜ渋沢栄一だったのでしょうか。財務省および日本銀行、国立印刷局による紙幣肖像の選定には、主に以下の3つの厳格な基準が設けられています。
・極めて精密な写真や肖像画が残っていること(偽造防止のための精密彫刻に不可欠)
・品格があり、国民各層に広く知られ、業績が広く認められていること
・特定の政治的・宗教的な偏向性がないこと
明治・大正期に活躍した渋沢栄一は、鮮明な古写真が数多く現存しており、高度な紙幣彫刻を施す条件を完璧に満たしていました。さらに、明治の近代化を教育や啓蒙の側面から牽引した福沢諭吉に対し、渋沢栄一は「実業と経済のインフラ」をゼロから構築した人物です。成熟した現代日本において、道徳と経済の両立を掲げた実業家を最高額紙幣のシンボルに据えることは、時代を象徴する極めて自然な選択でした。