元バレー日本代表・江藤直美の現在と引退後|高身長ブロッカーの真実

元バレー日本代表・江藤直美の現在と引退後|高身長ブロッカーの真実

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徳島県立鳴門商業高等学校(現・鳴門渦潮高校)を卒業後、1991年に日本リーグの強豪・日立ベルフィーユへ加入した江藤直美。当時の女子バレー界において、江藤直美 身長186cmというサイズは突出した天賦の才でした。最高到達点300cmを超える打点の高さと、相手エースのクロスコースを確実に塞ぐリードブロックの技術は、長らく世界との高さのギャップに苦しんでいた日本代表の戦術構想に欠かせないピースとなりました。

国際大会の舞台では、1998年世界選手権や1999年ワールドカップに出場。日の丸を背負った重圧のなかで、クイック攻撃やブロックのタイミング調整に試行錯誤を重ねる姿がテレビ中継を通じて全国に届けられました。当時の報道資料を振り返ると、中田久美や大林素子らが築いた黄金期から新世代への移行期において、彼女の存在は「日本が世界の大型アタッカーに対抗するための防波堤」として極めて重宝されていました。

しかし、彼女の選手生命は順風満帆な栄光ばかりではありませんでした。2001年春、所属していた日立ベルフィーユが突如として活動休止・廃部を発表。実業団スポーツの解体という時代の荒波に呑まれる形となりましたが、江藤は屈することなくJTマーヴェラスへ移籍し、さらに2003年には東レアローズへと拠点を移して第一線でプレーを継続しました。チームの統廃合や環境の変化に動じることなく、プロフェッショナルとしての誇りをコートで体現し続けた江藤直美 経歴は、記録以上にファンの脳裏に刻まれています。

橋本 菜々子
著者

橋本 菜々子

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。