国際舞台における川崎の献身も、日本野球史に深く刻まれています。ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)には2006年と2009年の2大会連続で日本代表に選出されました。とりわけ2006年の第1回大会では、王貞治監督のもと正遊撃手として全8試合に出場。
決勝のキューバ戦で見せた9回表の好走塁は、今なお語り草となっています。イチローのライト前適時打で二塁から一気に本塁を陥れた際、捕手のタッチを神業的な身のこなしでかわして生還。右手でホームベースに触れた代償として右肘を痛めて負傷退場となったものの、その気迫あふれるワンプレーが侍ジャパンを初代世界王座へと導きました。
プロ野球選手としての市場価値を示す年俸推移においても、川崎の歩みは非常にドラマティックです。
- 入団初期(2000〜2003年):年俸480万円からスタートし、頭角を現した2003年に2,700万円へ急伸。
- ホークス黄金期(2004〜2011年):盗塁王を獲得した翌2005年に8,000万円へ到達。2008年以降は2億円を突破し、ピーク時の2010〜2011年には推定2億4,000万円に達した。
- MLB挑戦期(2012〜2016年):高額年俸を捨ててマイナー契約(出来高付きで数十万ドル規模)から挑戦。カブス時代の2016年にはワールドシリーズ制覇のチャンピオンリングを獲得。
- 日本復帰後(2017年〜):ソフトバンク復帰時は推定9,000万円。その後の独立リーグでは、待遇よりも「グラウンドに立ち続けること」を最優先にした契約体系を選択。