社会心理学において、組織や共同体が単一の指導者に過度な依存を示す状態を「カリスマ的支配への埋没」と呼ぶ。この関係性においては、指導者が健在な間は高い求心力と統制が保たれるものの、その存在が喪失した瞬間に共同体はパニックと機能不全に陥るリスクを抱える。
物語の最終盤において、ヒロアカが導き出した答えは実に見事であった。雄英高校の生徒たち、そして傷だらけになりながら戦うデクが見せたのは、かつてのオールマイトのように孤独にすべてを背負い込む姿ではない。孤立し暴走しかけたデクを連れ戻したクラスメイトたちの言葉、そして民衆自身がデクに傘を差し伸べた瞬間、この作品のテーマは「ひとりの超人が助けに来る物語」から「誰もが誰かにとってのヒーローになる物語」へと脱皮したのである。
最終決戦における緑谷出久の戦いは、もはや「私が来た」ではない。それは「みんなで助ける」「僕たちが来た」という、痛みを分かち合う連帯の形であった。かつてオールマイトが掲げた絶対の言霊は、解体され、薄められたのではなく、志を共にする無数の人々の中へ正しく分散され、真の意味で「継承」されたと言える。