渋谷が和食の激戦区として大人の支持を集めるようになった背景には、単なる都市再開発にとどまらない「都市社会学」と「消費者の心理的バウンダリー(境界線)」の変容が存在します。かつて1990年代から2000年代にかけて、渋谷はギャル文化やファストファッションに代表される「若者の同調圧力と祝祭空間」の象徴でした。そのため、接待や落ち着いた会食を求める層は、自然と銀座、赤坂、六本木へと流れていた経緯があります。
しかし2010年代半ばから続く100年に一度の大規模再開発により、ITメガベンチャーを中心とする高所得層のビジネスパーソンが渋谷に集結しました。職住近接を好む彼らが求めたのは、銀座のような格式張った「重厚な座敷」ではなく、洗練された設えの中で職人とフラットに対話できる「現代的割烹空間」でした。他者との適切な精神的距離感を保ちながら、確かな職人技術をリラックスして堪能したいという心理的ニーズが、カウンター主体の割烹やオープンキッチンの和食店という形で結実したのです。
さらに、インバウンドによる「本物の和食体験」への需要爆発がこの流れを加速させました。伝統的な出汁文化や発酵技術、日本各地のクラフトサケを丁寧に説明するプレゼンテーション能力を持つ店舗が生き残り、結果として街全体の和食のクオリティが底上げされたといえます。