やくみつる氏の描くコマが他の追随を許さない切れ味を誇る最大の理由は、対象に対する「偏愛に近い執着」と「冷徹な批評精神」の奇妙な同居にあります。早稲田大学漫画研究会で腕を磨いた同氏は、1980年代前半に「はた山ハッチ」名義で本格的な活動をスタートさせました。なかでも当時の野球ファンを熱狂させた『パロ野球ニュース』は、単なる試合結果のギャグ化にとどまらず、球団上層部の思惑や選手の人間臭い愚行を剥き出しにする画期的な表現様式を確立しました。
当時の特番インタビューや自著・手記で語られた「誰からも好かれようとするギャグ漫画は、風刺の刃を自らへし折るに等しい」という生の告白が示す通り、同氏の矜持はデビュー当初から一貫しています。好人物として描かれがちなスター選手であっても、グラウンド外のスキャンダルや失策があれば容赦なく俎上に載せる。その姿勢こそが、読者に「ここまで描いて大丈夫なのか」というスリリングな快感を与えてきました。
ペンネームを現在の「やくみつる」に統一して以降は、野球界から政官財、さらには相撲界や芸能界へと標的を拡大させました。氏の時事ネタ漫画における最大の特徴は、単なる出来事の描写ではなく、事件の当事者が隠したがっている「恥部」や「欺瞞の構造」をシンボリックな1コマあるいは4コマ漫画へと昇華させる圧縮技術にあります。この職人的ともいえる描画スピードと皮肉の強度が、長きにわたって読者の知的好奇心を刺激し続けている根源です。