国道沿いに威容を誇る建物を初めて目にしたドライバーの多くが、「なぜ日本の伝統的な港町に中国風の宮殿が建てられたのか」という強烈な違和感を抱く。その疑問を紐解く鍵は、相生市を象徴する初夏の伝統行事「相生ペーロン祭」の歩みにある。
ペーロン(白龍)とは、中国南部を発祥とする細長い手漕ぎ船による競漕行事だ。相生市教育委員会や観光協会の記録によると、その歴史は大正11年(1922年)、長崎県出身の旧播磨造船所(現・株式会社IHI)の従業員たちが相生湾で船を漕ぎ競い合ったことに端を発する。造船の街として発展を遂げた相生において、荒波を乗り越えて一丸となるペーロンの精神は瞬く間に地域住民のアイデンティティとして定着した。
その後、ペーロンの発祥の地である中国広州との文化交流が進展。1990年代の地域活性化事業において、「相生の歴史的シンボルであるペーロン文化を後世に伝え、市民と来訪者が交流する恒久的な拠点を作ろう」という構想が持ち上がった。道の駅あいおい白龍城の建築資材や装飾の一部には、本場中国から直輸入された石材や瑠璃瓦が惜しみなく使われており、細部の彫刻に至るまで中国の宮廷建築様式を忠実に再現している。つまり、この竜宮城の姿は突飛な思いつきの産物ではなく、一世紀以上に及ぶ造船マンたちの熱気と国際交流の歴史が結実した本物のモニュメントなのだ。