言葉に込められた切実な祈りを、普遍的なポップスへと昇華させた立役者が、プロデューサーであり編曲を手掛けた武部聡志だ。一青窈が紡ぎ出した独特のリズム感と情念を帯びた歌詞に対し、武部聡志はシンプルでありながら美しいコード進行と抒情的な旋律を与えた。ふたりの密密な対話と試行錯誤の末に、時代に左右されない洗練されたサウンドが完成したのだった。
制作当時、所属レーベルである日本コロムビアのスタジオでは、幾度となくレコーディングが重ねられた。日本の音楽業界がミリオンセラーを連発する狂乱の時代から徐々に成熟期へと移行する中、日本コロムビアの制作陣は「一過性のヒットではなく、半世紀後も歌い継がれる名曲を作る」という強い執念を持っていた。その熱量があったからこそ、派手な電子音に頼らない、アコースティックな温もりに満ちた楽曲構造が組み上げられたのだ。