2024年8月14日、編集工学研究所および角川武蔵野ミュージアムから発表された公式リリースによって、松岡正剛氏が8月12日に逝去した事実が公になりました。享年80。発表資料に明記された正式な死因は肺炎です。
松岡氏は晩年、決して平坦な健康状態にあったわけではありません。生前の特番インタビューや手記において断片的に明かされていた通り、食道がんや肺がんの診断を受け、手術や投薬治療を反復しながら知的生産の現場に立ち続けていました。体力の減退を自覚しながらも、関係者への指示出しや執筆活動は衰えを知らず、病床に小型の書架とノートを持ち込み、思考の断片を記録し続けていたと証言されています。
「息を引き取る直前まで、言葉の連鎖を追っていた」——。近親者や編集工学研究所のスタッフが語る最期の様子は、まさに知に殉じた表現者の姿そのものでした。葬儀は遺族の意向により、妻をはじめとする近親者のみの密葬として厳かに執り行われ、のちに各界の文化人や門下生が集う大規模な松岡正剛 追悼の集いが催されました。死因となった肺炎は急性のものでしたが、その背後には限界まで自己の精神と身体を酷使し、日本文化の深層を解き明かそうとした巨人の壮絶な執念が刻まれています。