蜷川幸雄氏の稽古場といえば、かつて「怒声が響き渡り、靴や灰皿が宙を飛ぶ」と語り継がれるほど過酷な現場として知られていました。2003年、舞台『ハムレット』でフォーティンブラス役に抜擢された当時20歳の小栗旬さんも、まさにその猛烈な洗礼を真正面から受けることになります。
当時、ドラマ『GTO』や『Summer Snow』などで頭角を現し、若手人気俳優としての地位を築きつつあった小栗さんに対し、蜷川氏の要求は容赦のないものでした。「下手くそ!」「お前なんかいつでも代わりがいる」「帰れ!」といった痛烈な言葉がマイク越しに浴びせられ、小栗さんは精神的にも肉体的にも限界まで追い詰められます。しかし、そこで腐るどころか「絶対にこの演出家を納得させてやる」と闘志を燃やし、演出席の蜷川氏を鋭い眼光で睨み返したといいます。
妥協を許さない蜷川氏が最も嫌ったのは「小手先の技術で器用にこなすこと」でした。泥臭く感情を剥き出しにし、役柄の生々しい魂を舞台上に立ち上げようとする小栗さんの反骨精神と覚悟に、蜷川氏は次第に強い演劇人の資質を見出していきました。