お笑い界を代表する2大おかっぱ頭といえば、間違いなく蛍原徹さんとバナナマン・日村勇紀さんです。彼らがなぜその髪型に行き着き、何十年ものあいだ守り続けてきたのかには、芸能界のサバイバルを勝ち抜くための明確なターニングポイントが存在しました。
蛍原徹さんがおかっぱ頭にしたのは、1990年代初頭の吉本印天然素材時代に遡ります。当時の吉本興業はナインティナインをはじめとする若手ユニットが大ブームを巻き起こしていました。イケメン風やトレンディな髪型が溢れる若手の中で、当時の相方であった宮迫博之さんの鋭いツッコミと対比させるため、「一目見て無害で、かつ覚えてもらえる姿」を模索した結果でした。報道各社の過去インタビューによると、美容師に「お任せで目立つ髪型にしてほしい」とオーダーしたところ仕上がったのがあのおかっぱ頭であり、最初は戸惑ったものの、舞台に出た瞬間の客席の反応が劇的に変わったことで継続を決意したと明かしています。現在も定期的なサロントリートメントを欠かさず、驚異的なサラサラヘアを維持している職人肌のこだわりは業界内でも広く知られています。
一方、バナナマンの日村勇紀さんのヘアスタイルは、相方である設楽統さんのプロデュース眼が決定打でした。若手時代、日村さんはパーマをかけたり茶髪にしたりと試行錯誤を繰り返していました。しかし設楽さんが「日村の顔の面白さ、表情の豊かさを100パーセント活かすには、ヘルメットのような重たいおかっぱ頭が一番コントの邪魔をせず、かつ破壊力が増す」と見抜き、髪型を指定したという有名な逸話があります。後に日村さんが貴乃花親方のモノマネで大ブレイクした際も、あのおかっぱ頭の毛先をかき上げる所作が決定的なキラーコンテンツとなりました。設楽さんの冷静なマーケティング戦略と、日村さんの愛嬌あるキャラクターが見事に融合した傑作といえます。