昭和30年代初頭まで、出前の風景といえば自転車に乗った職人が、片手でハンドルを握り、もう片方の肩の上に5段から10段ものせいろや丼をピラミッドのように積み上げる神業的な曲芸走行でした。しかし、高度経済成長に伴う交通量の激増と道路交通法の強化により、この危険な曲芸配達は姿を消していくことになります。
その危機を救ったのが、本田技研工業の「スーパーカブ」と、町工場の知恵が結実した出前機の登場でした。東京のマルシン工具などが開発したこの空気ばね式サスペンション機構は、バイクの後部に設置され、路面からの激しい振動を特殊なスプリングとダンパーが吸収する構造を持っています。これにより、汁物であっても波打つことなく、水平を保ったまま運搬することが可能になりました。
タフで低燃費なスーパーカブの出前仕様は瞬く間に全国へ広がり、蕎麦屋だけでなくラーメン店や寿司屋の標準装備となりました。どんな悪路であっても、つゆを一滴もこぼさずに届ける出前機のメカニズムは、海外の二輪愛好家やエンジニアからも「日本独自の過剰なまでの職人技術」として今なお高い評価を受けています。