人体にとって不可欠な絶縁体である髄鞘ですが、これが何らかの原因で炎症を起こし、剥がれ落ちてしまう現象を「脱髄(だつずい)」と呼びます。電線のビニールカバーがボロボロに破れ、むき出しの銅線から電気が漏れ出している状態をイメージしてください。信号の伝達速度は急激に落ち込み、途中で信号が途絶えたり、隣の神経へと誤作動を引き起こしたりします。
では、なぜ体を守るはずの組織が自ら髄鞘を破壊してしまうのでしょうか。その最大の原因は、本来ならウイルスや細菌を排除するはずの免疫システムが暴走し、自分自身の髄鞘を「異物」と誤認して攻撃を仕掛ける自己免疫疾患です。
多発性硬化症(MS)の初期症状と経過
中枢神経の脱髄疾患を代表するのが「多発性硬化症(Multiple Sclerosis)」です。20〜40代の比較的若い世代、特に女性に多く発症する傾向が確認されています。脳や脊髄のあちこち(多発)に炎症が起き、治った部分が硬い組織に置き換わる(硬化)ことから名付けられました。
臨床現場の医師たちが口を揃えて注意を促すのが、初期症状の見逃しやすさです。「片方の目がかすんで見えにくくなる(視神経炎)」「お風呂に入って体が温まると急に手足に力が入らなくなる(ウートフ兆候)」「手足の先がピリピリとしびれる」といった症状が数日から数週間続いた後、自然に消退してしまうケースが少なくありません。本人が「仕事の疲れだろう」「スマホの使いすぎだろう」と放置してしまうことで受診が遅れ、再発を繰り返すうちに後遺症が蓄積してしまう現実があります。
ギラン・バレー症候群(GBS)の経緯
一方、末梢神経が急激に脱髄を起こす代表格が「ギラン・バレー症候群」です。こちらは風邪や胃腸炎(特にカンピロバクター菌などの感染症)にかかってから1〜3週間ほど経過した後に発症するケースが大半を占めます。
経過としては、感染症が治りかけた頃に「両足の先から力が入らなくなる」「立ち上がりにくい」「歩行時にバランスを崩す」といった症状が始まり、数日のうちに脱力が手先や顔面、ひどい場合には呼吸筋にまで急速に這い上がっていきます。人工呼吸器が必要になる重症例もありますが、末梢神経のシュワン細胞は再生能力が高いため、適切な急性期治療(免疫グロブリン大量静注療法や血漿交換療法)を受けることで、数ヶ月から1年をかけて多くの患者が社会復帰を果たします。