濱口瑛士の経歴を語る上で欠かせないのが、小学校時代に直面した学習上の障壁と、それを転換点に変えた教育プログラムとの出会いです。
幼少期から絵を描くことに驚異的な集中力を発揮していた一方、小学校進学後に文字の「読み」「書き」に極度の困難が生じます。黒板の文字をノートに書き写すことができず、教科書の文章を読むと行が歪んで見えるといった発達障害の一種である「発達性ディスレクシア」の診断を受けたのは小学校低学年の頃でした。漢字の書き取りドリルを何時間も強いられる学校現場の画一的な指導環境は、感受性の高い彼にとって深い精神的苦痛を伴うものでした。
転機が訪れたのは2014年、小学校6年生の時に「東大異才発掘プロジェクトROCKET」の第1期生(スカラー候補生)に選出されたことです。東京大学先端科学技術研究センターの中村健龍教授らが主導したこのプロジェクトは、「学校教育に馴染めない突出した才能を持つ子どもたち」を対象に、ユニークな探究の場を提供する画期的な試みでした。
同プロジェクトでのフィールドワークや多様な専門家との対話を通じて、自身の「文字が苦手で視覚情報処理が極めて高い」という脳の特性を肯定的に捉え直す契機を得た濱口瑛士は、水を得た魚のように創作活動へ没頭。13歳にして自著・自伝的画集『黒板に描けなかった夢』(2015年刊行)を発表し、自らの葛藤と内面世界を社会へ発信して大きな反響を呼びました。