「知るの謙譲語」を使い分ける際の絶対的な基準は、知る対象が「事柄」であるか「人物」であるかという点に集約されます。直感的に理解するなら、対象が「モノ・コト」であれば「存じる」、対象が「ヒト」であれば「存じ上げる」と覚えるのが最も確実です。
例えば、相手の企業の最新サービスや業界のニュース、スケジュールの内容について「知っています」と表現する場合は、「存じております」が適格です。一方で、取引先の担当者、役員、紹介されたクライアントの社長など、実在する人物について「面識がある」「名前を知っている」と伝える際には、「存じ上げております」を用いなければなりません。
この使い分けを誤り、取引先に向かって「〇〇社長のお名前は存じております」と言ってしまうと、相手側の重要人物をあたかも「情報(無機物)」のように雑に扱っているようなニュアンスを生み、極めて無作法な印象を与えてしまいます。逆に「新商品のスペックについては存じ上げております」と物事に対して使うと、事物に対して過剰な敬意を払った不自然な日本語として響きます。
この違いが生じる言語学的な背景には、文化庁敬語の指針における謙譲語の再分類が深く関係しています。2007年に文化審議会が答申した指針において、従来の謙譲語は「謙譲語Ⅰ」と「謙譲語Ⅱ(丁重語)」の2つに整理されました。
「存じ上げる」は、自分の行為が向かう特定の相手(人物)を立てるための「謙譲語Ⅰ」に属します。一方で「存じる」は、特定の行為の受け手を立てるのではなく、話を聞いている相手(読み手)に対して自分の言動をへりくだって丁寧に述べる「謙譲語Ⅱ(丁重語)」に該当します。この構造的差異を把握していれば、ビジネスの現場でどちらを適用すべきか迷うことはなくなります。