物語のクライマックスにおいて、節子は衰弱の果てに静かに息を引き取ります。診察した医師は「栄養失調やな。滋養をつけなアカンのやが、まあ、なんもあらへんからな」と冷淡に告げるのみでしたが、アニメーションの描写をつぶさに検証すると、火垂るの墓における節子の死因は単に「食べ物がなかった」という一言では片付けられない、深刻な病態の連鎖であったことが分かります。
作中における節子の年齢は4歳(数え年で5歳)。身体が未発達な幼児にとって、戦時下の急激な環境変化と栄養枯渇は致命的でした。劇中で節子の身体に現れた異変を時系列で整理すると、次のような症状が緻密に描かれています。
- 重度の皮膚疾患と免疫力低下:背中や全身に広がる無数の湿疹。清太は「ただのあせもや」と海水で洗おうとしますが、節子は激痛に泣き叫びます。不衛生な横穴生活により、あせもから細菌感染を起こした膿痂疹(とびひ)や疥癬(かいせん)が重症化していたと推測されます。
- 眼疾患と粘膜の異常:砂や埃、不衛生な環境により目に炎症を起こし、清太が節子に目薬を差す場面が描かれます。ビタミンA欠乏による夜盲症や角膜乾燥症を併発していた可能性も極めて高い状態でした。
- 慢性の難治性下痢:配給が途絶え、カエルや泥団子、未成熟な農作物など消化できないものを口にしたことで、腸内環境が崩壊。消化吸収機能が失われ、激しい下痢によって脱水症状と電解質異常(低カリウム血症など)が進行しました。
現代の小児医療や救急医療の視点から分析すると、節子は慢性的な飢餓による「マラスムス(消耗症型栄養失調)」に加え、腸炎による脱水、皮膚創傷からの二次感染による敗血症リスク、そして不可逆的な多臓器不全が重なった結果、終末期を迎えたと考えられます。高畑勲監督の徹底したリアリズムは、少女が生命を失っていく過程を生々しい身体的徴候としてフィルムに刻み込んでいたのです。