全50話を通じて視聴者に最も強い衝撃を与えたのが、『ドンブラザーズ』最終回(第50話「えんができたな」)における記憶喪失の結末です。鬼頭はるかや猿原真一ら仲間たちの前から突如として姿を消し、再び彼らとすれ違ったとき、タロウは宅配便の配達員としての日常を送りながらも、ドンブラザーズとして過ごした日々の記憶を完全に失っていました。
なぜタロウは記憶を失わなければならなかったのか。その理由は、彼が人間界に送り込まれた真の目的と直結しています。ドン家の使命とは、ヒトツ鬼を倒すことだけでなく、「未熟なお供たちを導き、自立した戦士・人間へと育て上げること」でした。タロウがすべての仲間たちとの関係性を完成させ、彼らが一人立ちした瞬間、タロウの「マスター(管理者)」としての役目は終了したとみなされ、システム的に記憶が消去されたのです。自らの幸福よりも他者の自立を優先させたこの結末は、特撮ファンの間で「美しい自己犠牲」「切なすぎるハッピーエンド」として大論争を巻き起こしました。
また、作中では幾度となく桃井タロウの死亡説が浮上しました。第13話でのソノイによる処刑、第27話における能力の過剰使用による消滅の危機など、幾度も命を落としかけています。しかしその都度、特殊なキビポイントの行使やジロウへの力の継承未遂、さらには「きびだんご」を食すことによるエネルギー補給など、不可思議な復活の経緯をたどって戦線に復帰しました。死生観すら超越した存在でありながら、最後は「普通の人間の青年」として記憶をリセットされた点に、井上脚本特有の人間賛歌が凝縮されています。