負圧は制御下にあれば極めて有用な技術ですが、設計や運用を誤ると深刻な事態を招きます。一般住宅や産業施設において、見過ごされがちな負圧の危険性が数多く報告されています。
「新築のマンションに引っ越してから、キッチンの換気扇を強で回すと玄関ドアが鉛のように重くなって開かない」――SNSやQ&Aサイトで定期的に話題となるこの現象は、典型的な高気密住宅における過剰な負圧が原因です。現代の住宅は断熱・省エネ性能を高めるために極限まで気密性が高められています。その密閉空間で毎分500立方メートル以上の空気を強制排気するレンジフードを稼働させると、給気口が閉じている場合、室内の気圧が瞬時に-30Pa〜-50Pa近くまで急降下します。ドアの面積をかけると数十キログラムもの吸引力が外気からドアにかかり、成人男性でも開けるのに難儀する事態が生じるのです。
さらに生命に関わる重大なリスクが、燃焼排ガスの逆流による一酸化炭素(CO)中毒です。給気が不足した状態で負圧換気を強烈に行うと、自然排気式の給湯器や薪ストーブ、ガス機器の煙突から排気されるはずの燃焼ガスが、負圧に引っ張られて室内側へ吸い戻される事故が発生します。消防庁や建築学会からも、排気設備と給気口の連動についての注意喚起が重ねて発信されています。
産業現場に目を向けると、配管や貯槽タンクの「負圧破壊(座屈事故)」という巨大なリスクが潜んでいます。密閉されたタンクから液体をポンプで急激に抜き出す際、空気抜き用のベント弁が詰まっていると、タンク内部が急激な負圧に陥ります。外気の大気圧(1平方メートルあたり約10トン)に耐えきれなくなった数ミリ厚の巨大なステンレス製タンクが、まるで空き缶を踏みつぶしたかのように一瞬でペコペコに圧壊する事故は、化学プラントや食品工場のメンテナンス不備において後を絶ちません。