「天ぷら大吉 堺本店」を象徴する最大の奇習といえば、名物のあさり汁を食べた後、残った貝殻をそのまま足元の床に捨てるという豪快なルールです。初めて店を訪れた客の多くは、コンクリートの床一面に敷き詰められた無数の貝殻を踏みしめる感触に驚き、一瞬躊躇します。しかし、この一見無作法とも思える行為には、堺魚市場の過酷な歴史と職人たちの生活様式に裏打ちされた合理的な背景があります。
堺魚市場は、古くから大阪湾の新鮮な魚介が集まる物流の要衝でした。深夜から未明にかけて市場で働く競り人や仲買人、漁師たちは、限られたわずかな休憩時間で空腹を満たし、冷えた身体を温める必要がありました。熱々のあさり汁を素早く平らげる際、狭いカウンター席で貝殻を器の横に積み上げる手間を省き、そのまま足元へ落としていた習慣が、店舗公認のルールとして定着したとされています。
かつては市場の土間やコンクリート床のぬかるみを防ぐ滑り止めの副次的効果もあったと語り継がれており、単なる奇抜なパフォーマンスではなく「市場で働く男たちのスピード感と合理性」が生み出した生きた生活遺産といえます。営業終了後には大量の貝殻が一掃され、毎夜新たな貝殻の絨毯が作られていくダイナミズムこそが、大吉ならではの唯一無二のライブ感を演出しています。