破局会見から数十年が経過した現在でも、ネット上では「聖子が一方的に郷を振った」「最初からすべて台本通りの演出だった」といった極端な言説が散見されます。しかし、当時の一次資料や後年の本人たちの著作を精査すると、そこにはメディアによって増幅されたイメージとのズレが浮かび上がります。
特に象徴的なのが「生まれ変わったら一緒になろう」という発言の真実です。郷ひろみは1998年に出版した自叙伝『ダディ』の中で、このフレーズについて「僕自身はそのような言葉を口にした覚えはない」と明言しています。二人の間で交わされた何気ないニュアンスの言葉が、会見という舞台とメディアの切り取りによって、ドラマチックな「永遠の愛の約束」として再構成された側面は否めません。
また、松田聖子が悪女のように描かれた論調も一面的です。当時の社会通念において、女性が「結婚よりも自分のキャリアと表現の場を選ぶ」という決断を下すことは極めて異例であり、猛烈なバッシングの対象でした。彼女が選んだ道は、その後の日本の女性アイドルやアーティストが「結婚・出産後も第一線で活躍し続ける(ママドル)」道を切り拓いたパイオニアとしての第一歩でもあったのです。