昭和の文学史において、井伏の「さよならだけが人生だ」に対して最も鮮烈なカウンターを放ったのが、劇作家・詩人の寺山修司です。
寺山は詩集『はるかなるものの歌』所収の「幸福が遠くにある詩」などで、次のような印象深い言葉を遺しました。
「さよならだけが 人生ならば また来る春は 何だろう」
「さよならだけが 人生ならば めぐりあう日は 何だろう」
井伏の「別れこそが本質」とする渋い諦念に対し、寺山は若々しい生命力とロマンティシズムをもって「別れの後に訪れる巡り合いと再生」を叫びました。井伏が提示した深い陰影があったからこそ、寺山の光を求めるフレーズが一層の輝きを放ちます。時代を超えた詩人同士の対話として、今なお多くの読者を魅了しています。