物語がひとつの頂点を迎えた『呪術廻戦 渋谷事変』において、真人が果たした役割はあまりに決定的だった。七海建人の非業の死、そして釘崎野薔薇の顔面を破壊したあの凄惨な一撃。虎杖悠仁の心を幾度もへし折り、「お前は俺だ」と嘯く真人の姿は、善悪の二元論を嘲笑う純然たる悪の極致として描かれた。
しかし、虎杖の剥き出しの殺意と東堂葵の参戦によって追い詰められた真人を待っていたのは、英雄的な討伐劇ではなかった。這いつくばり、恐怖に怯えながら逃げ惑う真人を無感情に見下ろしたのは、手を組んでいたはずの偽夏油(羂索)である。極ノ番「うずまき」によって抽出され、術式を奪われるという皮肉な最期。魂を弄び続けた怪物が、最期は他者の壮大な企ての「部品」として使い捨てられる因果応報の結末は、読者に言い知れぬ余韻と冷徹なカタルシスを残した。