金子氏の急逝当時、インターネット上や一部の週刊誌では「重病を知りながらテレビ局が働かせ続けたのではないか」「なぜ周囲は止められなかったのか」といった疑問や憶測が飛び交いました。しかし、現場の実態を取材すると、これらは事実と大きく異なります。
第一に、テレビ局のプロデューサーや共演者たちも、金子氏から病気の詳細を聞かされていませんでした。現場スタッフは激変した容貌に驚きつつも、本人が「ダイエットの成果です!」「体調は万全ですから企画を振ってください」と明るくアピールするため、本人の意思を尊重して起用を続けていたのです。病状を知っていたのは、妻の稚子さんとごく限られた主治医・関係者のみでした。
第二に、金子氏にとって「仕事を続けること」自体が最大の延命治療であり、生きる気力そのものでした。ベッドで静かに死を待つのではなく、最期の瞬間まで経済の仕組みを解き明かし、お茶の間に笑顔を届けることこそが自分の存在証明であると信じて疑わなかったのです。周囲が彼を酷使したのではなく、金子氏自身が強い意志でメディアの現場に立ち続けることを選び取りました。