読者が真っ先に抱く疑問が、「なぜ素直に『言い間違えた』と謝らなかったのか?」という点でしょう。このエピソードの面白さは、単なる滑稽話にとどまらず、舞台となった西晋という時代の特異な貴族文化と、登場人物二人のプライドが複雑に絡み合っている点にあります。
主人公の孫楚(字は子荊)と、相手役の王済(字は武子)は、いずれも西晋(265〜316年)を代表する名門貴族の出身です。当時の貴族社会では、政治の腐敗や相次ぐ権力闘争への絶望から、俗世を嫌って自然の中に隠れ住む「隠遁生活」を口にすることが、知識人としての最高級のステータスとされていました。本来の慣用表現である「枕石漱流」は、まさにそうした清らかな暮らしを象徴する決まり文句だったのです。
ところが孫楚は、緊張からか調子に乗ったのか、主語と述語をテレコにして「漱石枕流」と大失態を演じました。並の人物であれば赤面して前言を撤回するところですが、孫楚は極めて負けず嫌いで、傲慢とも評される強烈な自負心の持ち主でした。ここで言い間違いを認めることは、当時の知識人コミュニティにおいて「知的敗北」を意味したため、彼は即座に頭をフル回転させ、古代の伝説的教養を武器にした強弁を組み立てたのです。
「耳を洗いたい」という言い訳は、古代中国の伝説的高潔者・許由(きょゆう)の故事を踏まえています。帝尭(ぎょう)から「天下を譲りたい」と打診された許由が、「世俗の汚らわしい話を聞いてしまった」として頴川(えいせん)の清流で耳を洗ったという有名な逸話です。孫楚は「自分が川を枕にするのは、まさに許由のように耳を清めるためだ」と言い立て、さらに「石で口をすすぐのは、歯を削り磨いて心身を鍛錬するためだ」と豪語しました。自分の恥ずかしい失言を、一瞬で「古代の聖人を凌駕する崇高な隠遁の志」へとすり替えてみせたこの瞬間こそ、歴史に語り継がれる負け惜しみの真骨頂です。