小泉信三のルーツを辿ると、紀州藩(和歌山県)に仕えた武士の家系に行き着きます。明治維新の激動期、小泉家を学問と経済の名門へと押し上げたのが、信三の父である小泉信吉(のぶきち)でした。
父・信吉は慶應義塾の草創期に福澤諭吉の門を叩き、福澤から絶大な信頼を寄せられた一番弟子のひとりです。信吉は後に横浜正金銀行(現在の三菱UFJ銀行の前身組織のひとつ)の心得(頭取代行)を務めるなど、近代日本の金融界発展に大きく寄与しました。
信三自身も福澤諭吉の教えを幼少期から直接浴びて育ちました。後年に慶應義塾長を務めるなど、福澤の「独立自尊」の精神を生涯にわたって体現し続けた背景には、父の代から続く福澤家・慶應義塾との極めて濃密な師弟関係があったのです。