新開地の歴史は、1905年(明治38年)に湊川の付け替え工事によって生み出された広大な埋立地に始まります。神戸港の発展とともに急速に発展したこの地は、映画館、劇場、寄席が所狭しと並び、当時の最先端カルチャーの発信地として日本中から人々を惹きつけました。チャールズ・チャップリンが神戸を訪れた際に新開地へ足を運んだという逸話は、この街が持っていた国際的な求心力を物語っています。
戦後の復興期を経て神戸の中心機能が三宮・元町エリアへシフトしたものの、新開地が培った大衆文化のDNAは今も色濃く残っています。その象徴が、全国の大衆演劇ファンが集う新開地劇場です。劇団員と観客の距離が近く、舞台と客席が一体となる熱量は、近代的なシネマコンプレックスでは味わえない濃密な劇場体験を提供しています。
さらに2018年には上方落語の定席として「神戸新開地・喜楽館」が開館し、昼夜を問わず笑いと賑わいが戻ってきました。アートイベントや音楽フェスを定期開催する「新開地アートひろば(旧・神戸アートビレッジセンター)」など、官民が連携して歴史的遺産と現代カルチャーを融合させる取り組みが定着しています。