『岸壁の母』が戦後芸能史における金字塔となった背景には、二人の偉大な歌手による表現の深化がありました。
発端は1953年、作詞家の藤田まさとが新聞記事で端野いせの姿を知り、その深い母性愛に心を揺さぶられて詞を書き上げたことでした。菊池章子が歌ったオリジナル版は、哀愁漂うメロディとストレートな歌唱で発売直後から大反響を呼び、100万枚を超える大ヒットを記録しました。
そして1970年代、浪曲界の名手・二葉百合子によって生み出された歌謡浪曲版『岸壁の母』が、作品を伝説へと押し上げます。二葉百合子版の最大の特徴は、歌の合間に挟まれる迫真の台詞(セリフ)です。
「母は来ました 今日も来た この岸壁に 今日も来た とどかぬ願いと知りながら……」
浪曲仕込みの圧倒的な声量と魂を揺さぶる語りは、聴く者全員に舞鶴の冷たい潮風と母の孤独な叫びを想起させました。1976年には300万枚を超えるメガヒットとなり、同年のNHK紅白歌合戦でも日本中を涙で包みました。二葉百合子は後年、「この曲は単なる流行歌ではなく、戦争が残した哀しみを後世へ伝える語り部としての使命である」と語り、引退まで大切に歌い続けました。