ネット上のコミュニティで定期的に再燃するのが、高嶺の花子さん ストーカー説です。犯罪めいた実害を出しているわけではないものの、なぜリスナーはそこにストーカー特有の病理を嗅ぎ取ってしまうのでしょうか。その鍵は、楽曲全編を支配する高嶺の花子さん 妄想歌詞の緻密さにあります。
臨床心理学において、他者との現実的なコミュニケーションを回避し、自らの内面だけで関係性を完結させようとする傾向は「関係妄想」や「防衛機制(ファンタジーへの退行)」として説明されます。主人公は振られる恐怖に耐えられないあまり、現実の接触を恐れ、ひたすら観測者としてのポジションに留まり続けます。
歌詞内で描かれる「君から見た僕は素朴な友達」という自己認識は、客観的事実というよりも、主人公が勝手に推測した防衛線に過ぎません。相手が誰とどこへ行くのか、どんな男が好きなのかを遠くから観察し、頭の中で仮説を積み上げていく行為は、認知の歪んだストーキング的心理と紙一重です。
さらに高嶺の花子さん 主人公の性格を深く考察すると、極めて強い「自己愛」と「傷つきやすさ(脆弱性)」が同居していることが浮かび上がります。「自分は特別であってほしい」「けれど自分から動いて否定されるのは死ぬほど嫌だ」というアンビバレンス(両価性)が、あの奇妙に歪んだモノローグを紡ぎ出しているのです。