従来のネットリンチ事件では、被害者が泣き寝入りするか、精神的損害を抱え込んだままフェードアウトすることが少なくありませんでした。しかし、このデマ被害を受けた女性は毅然とした行動に出ました。弁護団を結成して緊急記者会見を開き、「私は事件とは一切無関係である」と身の潔白を主張するとともに、悪質な投稿者たちを相手取り、刑事告訴および民事訴訟を次々と提起したのです。
この裁判で世間に強烈な警鐘を鳴らしたのが、愛知県豊田市の元市議会議員に対する訴訟でした。公職にある立場でありながら、「早く逮捕されるよう拡散お願いします」とデマ投稿を自身のSNSに転載した行為に対し、東京地方裁判所は名誉毀損の成立を認め、元市議に33万円の損害賠償支払いを命じました。
さらに極めて重要な法的盲点となったのが、「自分で文章を書かず、他人の投稿をリツイート(RT)しただけでも名誉毀損になるのか」という論点でした。裁判所は、リツイート行為そのものが自身の発信として他者への閲覧を促す効果を持ち、被害者の社会的評価を低下させたと認定。リツイートを行った一般ユーザーに対しても損害賠償責任を認めました。ネット掲示板にありがちな「自分は転載しただけ」「信じてしまった被害者だ」という言い訳は、司法の場では一切通用しなかったのです。
【プロの結論】家族社会学・共依存の視点から見出すべき教訓
常磐道あおり運転事件と同乗女性をめぐる一連の騒動は、二つの異なる病理が交差した結果生じた悲劇です。一つは「閉鎖空間における共依存とバウンダリー(境界線)の喪失」、もう一つは「ネット自警団による集団浅慮と無責任な正義の暴走」です。
喜本奈津子の心理構造を臨床心理学や家族社会学の枠組みで見ると、自己肯定感の低さから強圧的なパートナーに精神的に支配され、理不尽な命令に従うことで自らの居場所を保とうとする「重度の共依存」が見て取れます。相手の異常行動を制止できず、むしろ現場でカメラを構えて記録係を務めてしまう姿は、健全な「心理的バウンダリー」が完全に崩壊していた証左と言えます。他者に隷属し、犯罪の片棒を担いでしまう結末を回避するには、違和感を覚えた初期段階で関係を断ち切る決断力が欠かせません。
一方で、無関係な一般女性を標的にしたネットユーザーたちの心理には、「巨悪を懲らしめたい」「犯人を特定して賞賛されたい」という浅薄な承認欲求と、集団心理による責任感の希薄化が横たわっていました。ネット上で誰かを糾弾する衝動に駆られた際、私たちは「その情報は一次資料で裏付けられているか」「自分がその発信に民事・刑事上の法的責任を負えるか」という防壁を自らの中に設けなければなりません。