愛知県西尾市の学校給食センターで生まれたとされる「イカフライのレモン煮」には、当時の調理現場が直面していた切実な課題と、栄養士たちの知恵が凝縮されています。誕生の時期は昭和50年代(1970年代後半〜1980年代前半)。当時の学校給食では、児童の動物性タンパク質とミネラル補給のため魚介類の積極的な活用が求められていましたが、現場には大きな壁が立ちはだかっていました。
イカは火を通すと身が縮んで硬くなりやすく、冷めるとゴムのような食感になってしまいます。さらに、魚介特有の生臭さに対して子どもたちの箸が進まないという問題が頻発していました。「栄養価が高く安価なイカを、どうにかして残さず美味しく食べてもらえないか」――。西尾市の学校給食センターの栄養士や調理員たちが試行錯誤の末に行き着いた打開策が、「揚げたての熱い衣に、熱々の甘酸っぱいレモン醤油ダレを一瞬だけ染み込ませる」という逆転の発想でした。
レモン果汁に含まれるクエン酸には、魚介の生臭さの原因物質であるトリメチルアミンを中和する働きがあります。さらに、砂糖と醤油ベースのとろみのあるタレが衣の気泡に入り込むことで、時間が経っても衣が硬くならず、しっとりとした柔らかな食感を維持できるという給食調理ならではの利点が生まれました。「煮る」という名称がついていますが、実際には鍋でグツグツ煮込むのではなく、「タレにドボンとくぐらせる(煮汁に浸す)」調理法が定着した理由もここにあります。結果として、このメニューは提供直後から残食率が激減し、西尾市から三河地方全域、そして愛知県内へとその名を轟かせる不動のキラーメニューへと成長しました。