医療少年院での処遇を経て社会に戻った元少年Aは、節目ごとに被害者の遺族へ「謝罪の手紙」を送り届けている。だが、そこに綴られた文面は、受け取った遺族の心を幾度となく逆撫でし、さらなる絶望へと突き落とす結果となった。
手紙に並べられたのは、「自らの犯した罪の重さに押し潰されそうである」といった情緒的な自己陶酔と、抽象的な懺悔の言葉ばかりであった。犯罪心理学の専門家がその手紙の全文や構文を分析したところ、極めて自己防衛的かつ他者への共感能力が著しく欠如した特徴が浮き彫りになっている。文面の主語は常に「加害者である自分自身」であり、命を奪われた子どもたちの苦痛や、遺族の引き裂かれるような悲哀に対する本質的な眼差しは存在しない。
「反省の弁を述べる自分」に酔いしれるその筆致は、かつて神戸の街を恐怖に陥れた犯行声明文のナルシシズムと根底で通底している。遺族関係者が明かした証言によれば、手紙の文言には形式的な謝意が並ぶ一方で、出版物による印税の分配や一方的な思い込みによる許しの強要が滲み出ており、真の贖罪とはかけ離れた「自己正当化の儀式」に過ぎなかった。