2001年の離婚発表時、会見やメディア報道では様々な憶測が飛び交った。しかし、後年に明かされた二人の肉声が示していたのは、ドロ沼の愛憎劇とは対極にある「互いへの深い敬意」だった。
飯島はエッセイや対談で、当時の自分自身の若さや至らなさを振り返りつつ、前田の人間性や音楽への純粋な情熱に対しては一貫して敬意を払い続けた。前田もまた、自らの不器用さを認め、彼女が与えてくれた時間への感謝を隠さなかった。離婚という選択は関係の破綻ではなく、お互いの人生を尊重し、これ以上傷つけ合わないための前向きな決断だったことが、時を経て浮き彫りになっている。