この施設の名を世界中に知らしめた最大の出来事は、1997年12月に開催されたCOP3(気候変動枠組条約第3回締約国会議)だろう。先進国の温室効果ガス削減目標を初めて定めた「京都議定書」は、このメインホールで激論の末に誕生した。
当時、徹夜の交渉が続いた議場では、言語や国境を超えた緊張感が漂っていた。あの歴史的瞬間から30年近くが経過しようとしている今も、環境問題に関する国際シンポジウムの多くがこの地を選び続けている。「京都」という名が環境サステナビリティの代名詞となった背景には、確実にこの会議場が醸し出す歴史的重圧と説得力が存在する。