小泉今日子が長年所属したバーニングプロダクションからの独立を発表し、自ら設立した制作会社「株式会社明後日」を活動の拠点へと変えた決断は、当時の芸能プロダクションのあり方に衝撃を与えた。そこに合流する形で、豊原功補もまた自身の俳優・プロデューサーとしての生き方を重ね合わせていく。
大手事務所に守られた環境は安泰かもしれない。しかし、彼らが渇望したのは「本当に作るべき作品を、自分たちの手で創り上げる」という主導権だった。独立劇の本質は、スキャンダラスな逃避行などではない。表現者として死なないための、極めて切実で誠実な選択だったのだ。