安西先生の厳しい指導に耐えかねた谷沢は、大学を無断で中退し、本場のバスケットボールを求めて単身アメリカ留学へと旅立ちます。しかし、基礎技術とチーム戦術の理解を欠いた谷沢は、本場アメリカの圧倒的なフィジカルと個人技の前に完全に埋没。英語の壁や環境の孤立にも苦しみ、精神的に追い詰められていきました。
留学から5年後、安西先生のもとに谷沢がアメリカのプレイスタイルに馴染めず苦悩しているビデオテープが届きます。安西先生が胸騒ぎを覚えて行方を捜索し始めた矢先、舞い込んできたのは谷沢の薬物中毒と無謀な暴走事故による死亡記事でした。
谷沢が遺した手紙には、「ここはタフな奴ばかりです…誰もパスをくれません」「お前のためにチームがあるんじゃねぇ…先生のあの言葉が身にしみています」と、生前の後悔と安西先生への謝罪が綴られていました。墓前で崩れ落ちた安西先生は「自分の指導が彼を殺した」という激しい自責の念に苛まれ、大学監督を辞任。この深い挫折と悔恨こそが、白髪鬼から温厚な「仏の安西」へと性格を激変させた真の理由です。