では、なぜ最終的に指定された日付が「2月11日」だったのでしょうか。そのルーツは奈良時代に編纂された歴史書『日本書紀』にあります。
『日本書紀』の記述によると、天照大神(アマテラスオオミカミ)の天孫である神日本磐余彦尊(カムヤマトイワレビコノミコト、後の神武天皇)が、日向(現在の宮崎県)から東征を行い、大和の橿原宮(奈良県橿原市)で初代天皇として即位したとされています。その即位の日が「辛酉年(かのととりのとし)の春正月庚辰(かのえたつ)朔(ついたち)」、つまり旧暦の1月1日でした。
明治維新後の1873年(明治6年)、明治政府は国家統合の象徴としてこの即位の日を祝日「紀元節(きげんせつ)」に制定しました。その際、旧暦の紀元前660年1月1日を当時の最新天文学に基づいて太陽暦(グレゴリオ暦)に換算したところ、2月11日が導き出されたのです。
「日本の建国は何年前なのか?」という疑問に対しては、この神武天皇即位の年(紀元前660年)を元年とする「皇紀(こうき)」という数え方を用います。西暦に660を足した数字となるため、2026年は「皇紀2686年」にあたります。歴史学的には神武天皇の即位年代をそのまま史実とみなすことは難しいとされていますが、国家の精神的な象徴・物語として、2月11日という日付は150年以上にわたり受け継がれています。