東京湾観音の建立理由と心霊の真相|314段の絶景胎内巡りと最新実態

東京湾観音の建立理由と心霊の真相|314段の絶景胎内巡りと最新実態

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東京湾観音の門前に立つと、見上げるほどのスケールに圧倒されます。この巨像は自治体の観光誘致や宗教法人の布教目的で造られたものではありません。建立の主は、東京・深川で材木問屋を営んでいた実業家、宇佐美政衛(うさみ まさえ)氏(1905–1990)です。

宇佐美氏を突き動かしたのは、凄惨を極めた戦争の記憶でした。1945年3月10日の東京大空襲において、深川の一角で猛火に包まれながら九死に一生を得た宇佐美氏は、目の前で無数の同胞が命を落としていく地獄絵図を目の当たりにしました。自著や当時の回顧録によると、氏は「生き残った我が身の使命は、散っていった無念の御霊を慰め、二度と戦争を起こさない恒久平和の誓いを形に残すことにある」と心に深く刻んだと記されています。

戦後、私財のすべてを捧げる覚悟で観音像の建立を決意した宇佐美氏は、東京湾を往来する船や対岸の人々からも広く拝受できる景勝地として、千葉県君津郡佐貫町(現・富津市)の大坪山山頂を選定しました。原型制作を委嘱されたのは、日本芸術院会員の彫刻家・長谷川昂(はせがわ こう)氏です。1956年に着工し、5年以上の歳月と当時の金額で莫大な私財を投じ、1961年(昭和36年)に完成を迎えました。

観音像の手には「平和のハト」を抱き、温和な慈悲の表情で東京湾を見守るその姿は、昭和の復興期において平和への切なる祈りを体現したモニュメントそのものです。商業主義とは対極にある個人の純粋な祈念が出発点であったという事実は、現代の来訪者にも強い感銘を与えています。

田中 結衣
著者

田中 結衣

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。