日本列島における大豆の歴史は極めて古く、縄文時代中期の遺跡から大豆の圧痕が発見されているほか、弥生時代には本格的な栽培が始まっていました。奈良時代・平安時代の文献『古事記』や『延喜式』にも大豆の記述が登場し、当時の人々は主に完熟大豆を味噌や煮豆として保存食に利用していました。
未熟な大豆を青いうちに収穫して食べる「枝豆」の文化が定着したのは、平安時代末期から鎌倉時代にかけてとされています。当時、農民たちが間引きや初物として青いサヤを茹でて食べていたことが記録に残っています。
枝豆という呼び名の由来は、江戸時代の食文化にあります。江戸中期から後期にかけて、農家や商人が「枝にサヤがついたままの状態で茹で、路上で歩きながら売っていた」ことから「枝付き豆」、転じて「枝豆」と呼ばれるようになりました。当時の江戸っ子たちは、現代のファストフード感覚で枝から直接豆をもぎ取って食べ歩きを楽しんでいました。
その後、明治・大正期を経て、大豆用とは異なる「甘みと香りに特化した枝豆専用品種」の育種が進み、家庭用冷蔵技術や冷凍物流の発展とともに全国へ普及しました。近年では、低カロリー・高タンパクなヘルシーフードとして海外でも「EDAMAME」の名でそのまま定着し、世界的な健康志向の波に乗って消費が拡大しています。