山田涼介の幼少期を語る上で欠かせないのが、もともと彼自身には芸能界への志望動機が一切なかったという事実です。幼少期写真はくりっとした大きな瞳と愛らしい笑顔が印象的で、近所でも評判の美少年でしたが、本人が情熱を注いでいたのはサッカーでした。Jリーグチーム・湘南ベルマーレのジュニアユースに所属し、将来はプロサッカー選手になることを本気で夢見ていたスポーツ少年だったのです。
転機が訪れたのは2004年8月12日。母親と姉が本人の知らぬ間に履歴書を送り、バラエティ番組『Ya-Ya-yah』内で行われた公開オーディション企画に呼ばれました。当時11歳だった山田はオーディションに行くことを頑なに拒否したものの、「限定のワールドカップピンバッジを買ってあげる」という母親の言葉に釣られて会場へ向かったというエピソードはファンの間でも有名です。
見事に合格を果たしたものの、当時のジャニーズJr.内では決して最初からエリートコースを歩んでいたわけではありませんでした。同期や後輩が前列でマイクを持つ中、立ち位置は常に後列の端。レッスン場の隅で悔し涙を流しながら、自宅の鏡の前で毎日何時間もステップを練習し直す日々が続きました。この時期の「バックダンサーとしての悔しさ」こそが、後のストイックな表現力を形作る原点となったと当時のインタビューで本人が述懐しています。