華々しい栄誉の一方で、組士たちの暮らしは決して楽なものではなかった。江戸から京都や大阪への派遣は、実質的な長期間の単身赴任を意味した。移動にかかる旅費や現地での滞在費、さらには武具の維持管理費に至るまで、その多くが自己負担であったというから驚きだ。
2026年に発表された歴史経済学の研究データによると、派遣命令を受けた旗本家の中には、任期中の出費を賄うために家財を質に入れたり、借金を重ねたりするケースも少なくなかった。栄誉ある職務でありながら、経済的には家計を猛烈に圧迫する諸刃の剣。それでも彼らが任務を全うしようとした背景には、幕府への忠誠心のみならず、家格を維持し子孫に地位を継承するという切実な生存戦略があった。