悲劇が起きたのは2024年6月2日のことでした。地方での指導研修会へ向かうため搭乗していた航空機内で、佐藤弘道の下半身に突如として猛烈な異変が生じました。着陸後に立ち上がろうとした瞬間、足に全く力が入らず、自力での歩行が完全に不可能な状態に陥ったのです。
緊急搬送先で下された診断は「脊髄梗塞(せきずいこうそく)」。脳梗塞と同様に、脊髄へ血液を送る血管が閉塞し、神経組織が急速に壊死していく極めて稀な疾患です。厚生労働省の関連研究や臨床データにおいても、発症率は脳梗塞の約1〜2%程度と非常に低く、有効な確立された根治治療が少ない難病の一つとして知られています。
当時の特番インタビューや手記で明かされたところによると、医師から告げられた初期の見通しは「生涯車椅子生活になる可能性が極めて高い」という非情な宣告でした。長年、身体を動かす喜びを子どもたちに伝えてきた「体操のお兄さん」にとって、自らの足で立つことすら奪われた衝撃は想像を絶するものでした。しかし、彼は絶望に打ちひしがれる時間を最小限に抑え、発症直後から「必ず自分の足で歩いて帰る」と固く決意し、リハビリを開始しました。