「昔より歩くのが遅くなった」「同年代の知人と歩くとすぐ置いていかれる」という実感は、単なる運動不足では片付けられない重大な警鐘です。医学の現場において、歩行速度は血圧や心拍数と並ぶ「第6のバイタルサイン」として極めて重く扱われています。
歩行速度と病気のサインとして真っ先に挙げられるのが、下半身の骨格筋量が急激に減少するサルコペニアやロコモティブシンドロームです。さらに、歩幅が極端に狭くなり足が地面から離れにくくなる小刻み歩行やすり足は、パーキンソン病や正常圧水頭症といった中枢神経系の疾患の初期症状としても知られています。
見逃せないのが、歩行速度と寿命の関連性を示す国際的な疫学データです。イギリスの大規模研究データベース「UKバイオバンク」を活用したレスター大学の研究チームによる報告では、約47万人の追跡調査の結果、普段から歩く速度が遅いと自己申告したグループは、速く歩くグループに比べて全死亡リスクおよび心血管疾患による死亡リスクが著しく高く、平均寿命が短いことが明らかになっています。この傾向はBMIの数値にかかわらず確認され、肥満体型であっても歩行速度が速い人のほうが、痩せていて歩行速度が遅い人よりも長生きするという衝撃的な実態を示しました。
また、厚生労働省の統計が示すように、日本人の平均寿命は男女ともに80歳を超えているものの、支援や介護を必要とせずに自立して過ごせる「健康寿命」との間には約10年もの大きな開きがあります。歩行機能の低下は活動範囲を狭め、社会的孤立や歩行速度と脳機能の健康リスク、ひいては認知症の早期発症を招くトリガーとなります。歩く速度を維持することは、この10年のギャップを埋めるための最重要課題です。