名画『最後の晩餐』を深く理解する上で欠かせないのが、聖書の記述と真相の対比です。題材となっているのは、新約聖書の福音書(マタイによる福音書第26章、ヨハネによる福音書第13章など)に記された、イエス・キリストが十字架にかけられる前夜、弟子たちと囲んだ最後の夕食の情景です。
それまでのキリスト教美術において、「最後の晩餐」を描く定番のテーマは、キリストがパンを「私の体」、ワインを「私の血」として弟子たちに与える「聖体拝領(機密制定)」の儀礼的な場面でした。しかし、レオナルド・ダ・ヴィンチはこの静的な伝統を打ち破り、もっとも不穏で人間的な瞬間をキャンバス(壁面)に選び取りました。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。あなたがたのうちの一人が、わたしを裏切ろうとしています」(ヨハネ13:21)。この一言が投じられた刹那の激震を描き出しているのです。
一方で、最後の晩餐におけるパンとワインの意味も巧妙に織り込まれています。キリストの両手を見てみましょう。左手は手のひらを上に向けてテーブルの上のパンを指し示し、右手はワインの杯(およびユダと同じ皿)へと伸びています。パンはキリストの引き裂かれる肉体を、ワインは人類の原罪を贖うために流される血を意味します。つまり、人間界の醜い「裏切り」というサスペンスと、自らの死を人類の救済として受容する神聖な「契約」という、相矛盾する2つのテーマが、キリストという特異な存在を中心にして完璧に融合しているのです。